コラム

腸とストレス③ 脳を揺さぶる腸─行動も性格も…そして睡眠も変わる?

第8話

腸を整えて睡眠の質を改善?

みんな大好き、ちっちゃいボトルに赤いアルミのフタが目印の、「Y」の付く乳酸菌飲料。

それに「1000」って付くゴージャスバージョンが、2019年ごろから発売されました。SNSでも大バズり。「睡眠の質を改善する」というキャッチフレーズがさらに火をつけました。乳酸菌を飲んで、睡眠の質が上がる。聞き捨てならない言葉です。

良い睡眠をとっていれば腸も元気になりそうな気がするけれど、腸を整えると睡眠が良くなる?? 今まではストレスが脳から腸に伝わる話をしていたのに、今度は腸が脳に何かを伝える??
にわとりが先か、タマゴが先か。いったいこれはどういうことなんだ。

腸って何物?

この10~20年の間に、腸の「ホンキのはたらき」が次々とわかってきました。
消化だけじゃないんだ!どのくらいすごいかというと、コラム200本分くらい書かなくちゃいけなくなります。
★ここから情報量が増えますけれど、絶対に外せない5つだけ、ギューッと絞って紹介します。

簡単に言うと…

1) 腸は免疫の総本山であることが確立された(腸管免疫)
2) 腸内細菌が脳に影響することが証明された(腸脳相関)
3) 腸内細菌が薬の効き目を左右することがわかり(腸内細菌依存的薬物代謝)
4) 腸内細菌が「肥満・代謝」の根本原因らしい(マイクロバイオーム依存性肥満)
5) 脊髄と同レベルの独立した神経ネットワーク(腸神経系)…などなど…

胃袋から下、十二指腸から直腸まで含めて私たちの胴体の中に7-9メートルくらいで横たわる腸。
「食べ物の通り道」くらいの認識だったけど、実はすごい仕事をしてくれているらしい。
考えてみれば、身体の中で唯一、自分以外の生命体を排除することなく、生きるためのエネルギーに変換して、そのおかげで100年近く生命が維持できるわけだから、すごくないわけがない。
あいつがいなくちゃ始まらないんだ…!!って私が一人でコーフンしてきましたけれど、皆さんついてこれていますか!?

腸の細菌をいじったら何が変わったのか?

腸が脳に影響する「腸脳相関」。
この概念を一気に世界に広めたのが、2013年Cell誌の大発見です(1)。

内容を超ざっくり言うと——「腸内細菌を 1 種類加えただけで、マウスの行動・脳・免疫・腸のバリア・血中の代謝物がごっそり変わった」
妊娠中の母マウスにある免疫刺激を与えると、生まれた子マウスがヒトの自閉スペクトラム障害(autism spectrum disorder; ASD)に似た行動を示すことがわかっています。
ASDとは…
・不安行動 ・コミュニケーション障害 ・感覚過敏 ・社会性低下…が特徴です。 
そしてASD様マウスは、ヒトのASD児同様、腸のバリアが壊れていることが分かりました。

ちょっとここで腸のバリアって?

腸内を通る食べ物、細菌、毒素などが体内に勝手に入り込まないように、細胞が作っている「超薄―い守りの膜」のことです。


タイトジャンクションと言われる、密につながった腸管内部の上皮細胞や、それを覆う粘液層、そして免疫細胞等で構成されています。

ふたたび自閉スペクトラム障害(ASD)モデルマウスに戻ります

さて、このASDマウスに、1種類のヒト腸内にフツーにいる常在菌を食べさせました。
その名はバクトロイデス フラジリス。

すると、
• 腸のバリアが回復
• 腸内細菌叢の組成が改善
• 不安行動・コミュニケーション障害・感覚運動異常が改善
という衝撃の結果に!

腸内細菌が行動や神経発達に関係する可能性が、初めて体系的に示された瞬間でした。
「えっ?腸内細菌で性格変わるの?」という世界的センセーションの幕開けでした。

腸内細菌で性格が変わるらしい…

腸が脳に影響する例は、ほかにもどんどん見つかっています。2024年、米国科学アカデミー紀要(PNAS)によると、社会不安ストレスと、腸内細菌の「因果関係」を証明しましたよ、という論文が発表されました(2)。※お食事中の方、ご注意ください!

・社会不安障害(social anxiety disorder; SAD)の患者6名、
・健常者6名
それぞれの便を腸内細菌を空にしたマウスに移植しました。その結果、患者さんの便を移植されたマウスは、知らないマウスを極端に避ける“社会不安行動”に。
しかも
• オキシトシン(安心につながるホルモン)が減少
• その受容体も減少
• 血液脳関門(BBB)を構成する分子の発現も低下
BBB が緩むと炎症物質が脳に届き、不安・うつを悪化させます。

つまり、便を移植されただけで“性格”が変わった のです。どういうこと!? 
便?細菌?いえ、腸 …おそるべし。

腸内細菌を整えると睡眠が改善されたという発見

そして、冒頭の乳酸菌飲料(仮にY1000と名付けましょう)の話に戻ります。
会社が行った臨床試験が2017年、オランダの国際誌、Beneficial Microbesで発表されました(3)。
進級試験直前の、徳島大学医学部四回生の100名近い学生の協力です。五回生に進級するためのこの試験は、医師国家試験の前哨戦ともいうべきもので、未来への第一関門を控えているだけあって、全国の大学生の中でも特別にシビアでストレスフルな状況だと予想されます。

                  被験者は健康な男女で、11週間にわたり、Y1000あるいはプラセボ(この場合は味を似せた「非発酵乳」)を飲み続けました。

結果は、一定期間の「1000」の付く乳酸菌飲料の摂取で、最も深い睡眠(ノンレム睡眠・N3)の改善が示されたのです。
それは試験前のストレスが最大の時でも同様の結果でした。

この研究では睡眠は大きく改善したのに、コルチゾールなどの「ストレスの生化学マーカー」は測定されていません。そのため、乳酸菌がどの経路を通って脳に影響したのかは、論文内では仮説の段階です。
しかし、心理指標の解析から、不安の軽減と睡眠改善の可能性、腸脳相関を介した神経系への影響の可能性、腸内細菌や代謝物の変化による睡眠回路への間接的影響、などがきちんと考察されていました。

脳から腸、だけでなく、腸から脳、の方向にもこんなに多くの事実がわかっているのです。
腸と脳の距離が、こんなにも近いとは驚きです。次回はこの腸脳相関を簡単に(?)まとめてみたいと思います。頑張ります。

……今日は3本も論文を読みました。そして私は今、「1000」の乳酸菌飲料を買って帰ろうかと考えているところです。……いえ、まわし者ではありません。

E. Y. Hsiao et al., Microbiota modulate behavioral and physiological abnormalities associated with neurodevelopmental disorders. Cell 155, 1451-1463 (2013).

N. L. Ritz et al., Social anxiety disorder-associated gut microbiota increases social fear. Proc Natl Acad Sci U S A 121, e2308706120 (2024).

M. Takada et al., Beneficial effects of Lactobacillus casei strain Shirota on academic stress-induced sleep disturbance in healthy adults: a double-blind, randomised, placebo-controlled trial. Benef Microbes 8, 153-162 (2017).