コラム

腸とストレス① どうしておなかが痛くなる?─ストレスが腸に届くまで

第6話

受験ストレスって…?

ある日、ネットをつらつらと見ていたら、「腸内フローラ(細菌叢)を整えて受験ストレスを乗り切ろう!」というコピーが目にとまりました。
ええ?受験ってストレスになるの?と、不思議に思ってしまうのは、はるか遠い昔に受験を終えてしまったからなのか、あまり勉強をしなかったからなのか、今ひとつ理解しがたいワーディング。
でもまてよ。明日は重要な会議があるぞとか、学会の発表原稿まとめなきゃとか、期限のある大切なタスクを先延ばしにしていると、なんだか心が重くなるのは確か。そしてちょっとおなかも痛い。「ああ、それってストレスっていうのか…」と、改めて思った今日この頃でした。

みんなおなかが痛いんだ

ところで、緊張するとおなかの調子がおかしくなるのは、どうやら古今東西共通するものらしいのです。
古代メソポタミアの英雄ギルガメシュだって、戦いを前に武者震いで腹の内(libbu)が反乱を起こした、とか言いそうだし、ハムレットは悲しみにはらわた(bowel)を揺さぶられてるし、のび太君に至っては運動会のリレーの前にトイレにこもっていたし、神話からシェイクスピアからアニメまで、人類はだいたい同じところが痛くなるみたいです。

こうして連綿と繰り返されてきた「緊張するとおなか痛くなる問題」、誰の人生にも平等に深刻な影を落としていたにちがいない。
あなたにとってそれがストレスかどうかは別にして、精神的影響から消化器につながる信号がどうなっているのかは興味深いところです。

マウスにストレスを与えてみた!?

2018年、米国科学アカデミー紀要(PNAS)によると、マウスに慢性ストレスを与えたところ腸内細菌叢が乱れて腸炎が悪化したという研究が報告されました(1)。
マウスにストレスって何するの?と読んでみたら、内径3cmにも満たないチューブの中にマウスを3時間閉じ込める。それを一か月毎日続けるのです(慢性拘束ストレス)。

図1慢性拘束ストレスに耐えるマウス

息はできるけど身動きの取れない中、満員電車なんてものじゃない。
それで毎日東京山手線3周分(大阪環状線なら5周分?)の時間を過ごす。悲しい顔にもなりますね(図1)。

すると不安と緊張による心理的ストレスで、
1)腸粘液が減る
2)腸のバリアが弱くなる
3)炎症性細菌の増加
4)薬剤誘発性大腸炎が悪化
したんだそうです!

おなかが痛くなる仕組み

実はこの手の研究は最近20年でもメジャーな国際誌に報告されただけでも80報は超えています(2)。
与えられるストレスは、慢性ストレスだけではなく、急性ストレスもあり、かなりミゼラブル。
ちょっと紹介すると、慢性ストレスは先の拘束ストレス以外にも攻撃的マウスとの対面(社会的敗北)、毎日違う嫌がらせ(予測不能ストレス)、水を張った水槽中央の狭い板の上に立たせる(水回避ストレス)など。
一方急性ストレスは、慢性ストレスの時間を短くしたものの他、捕食者の匂いをかがせたり(怖すぎる)、弱い電気刺激を与えたり(痛!)。マウスもたまったもんじゃない。
慢性ストレスにより、多くは共通して腸バリアが壊れて、腸内細菌叢が乱れ、炎症を誘発します。
急性ストレスは慢性の場合よりも深刻度は軽いものの、腸運動が乱れ、腸バリアの透過性が増し、セロトニン代謝に変化があるらしい。

セロトニン??たまに聞くけどこれは何? ―― 腸にとってのセロトニンは、とても大切なものなのです。腸の動きを調節し、痛みや張りといった感覚の調節、腸管免疫のスイッチだったり、腸の分泌液を調整したりする。つまり、神経伝達物質であり消化管ホルモンであり、免疫調整物質でもあるのです。ほら、やっぱりおなかが痛くなる。

まとめてみるとこういうことになりました(図2)。

見覚えのある言葉が出てきましたね!HPA系!
第5話の話題、こめかみの奥にある扁桃体、アーモンド君から、血流にのって副腎皮質に伝わるHPA系、日本語で言うところの視床下部→下垂体→副腎皮質Hypothalamic-Pituitary-Adrenal axis)によって抗炎症作用のあるステロイドのひとつ、コルチゾールが副腎皮質から放出され、全身を駆け巡ります。
コルチゾールの反応に慣れてきたころ、粘膜上にコルチゾール抵抗性の環境が出来上がります。やがてコルチゾールが効かなくなると免疫応答が暴走し、腸の炎症が引き起こされるのです。

何事も 過ぎたるは猶(なお)、及ばざるがごとし。過保護過ぎた結果、グレちゃったみたいなものですか。

話題を受験に戻しましょう

さて、ストレスからおなかが痛くなる、そんな仕組みが分かったところで、冒頭の受験の話題に戻りましょう。受験といえば、青春です。思春期です。
そんな時期にストレスを感じてしまうと…腸に影響があるばかりではなく、記憶力も低下するらしいのです。
受験の大敵じゃないですか!でもそれを回復させる手段もあるそうです。そのお話は次回にしましょう。


けれど、受験はストレスじゃなくて希望です。大人になると、つい何でも「ストレス」と呼んでしまいがちだけれど、本当は若い時の緊張感こそ、未来への可能性につながると思いたい!
とにかく、次回は思春期の皆さんへ、思春期のお子さまをもつお父さんお母さんへ、希望にあふれるお話をお送りします!

X. Gao et al., Chronic stress promotes colitis by disturbing the gut microbiota and triggering immune system response. Proc Natl Acad Sci U S A 115, E2960-E2969 (2018).

S. J. Leigh et al., The impact of acute and chronic stress on gastrointestinal physiology and function: a microbiota-gut-brain axis perspective. J Physiol 601, 4491-4538 (2023).