ストレスチェックを毎年実施し、受検率や高ストレス者の割合を確認して終わっていないでしょうか。
制度の目的は、労働者本人の気づきを促すだけではありません。
個人が特定されない形で結果を集計・分析し、職場環境の改善へつなげることも重要です。
本記事では、集団分析でわかること、結果を読む際の注意点、企業が明日から始められる改善準備を解説します。
本コラムは前編・後編の2回に分けて、ストレスチェックの集団分析を「結果を読む」段階から「職場改善と経営施策に活かす」段階まで、順を追って解説します。
前編となる本記事では、集団分析の基本、結果の見方、組織課題を見つける際の注意点を整理します。
後編では、そこで得た課題仮説を現場との対話で確かめ、具体的な職場改善、人材戦略、健康経営、人的資本経営へつなげる方法を扱います。
ストレスチェックは「不調者を見つける検査」ではない
ストレスチェック制度は、労働者の心理的な負担の程度を把握し、本人に結果を通知してセルフケアへの気づきを促すとともに、必要に応じて医師による面接指導や職場環境改善を行う仕組みです。
主な目的は、メンタルヘルス不調を未然に防ぐ一次予防にあります。
病気の診断や、いわゆる「不調者探し」を目的とする制度ではありません。
2025年5月に公布された改正労働安全衛生法により、これまで努力義務だった労働者数50人未満の事業場にも実施義務が拡大されます。
施行日は2028年4月1日です。
2026年8月時点では、常時50人以上の労働者を使用する事業場が現行の義務対象ですが、小規模事業場も実施体制や外部委託先、個人情報の取扱いを準備する必要があります。
厚生労働省は2026年2月に小規模事業場向けの実施マニュアルを公表しています。
個人結果と集団分析では、目的が異なる
制度を活用するうえで、個人への対応と組織への対応を混同しないことが大切です。
個人結果は、本人が自分の状態に気づき、必要なセルフケアや相談につなげるための情報です。
本人の同意なく、事業者が個人結果を取得することはできません。
一方、集団分析は、個人が特定されない形で部署や職場の傾向を把握し、働き方や職場環境を検討するために使います。
| 対象 | 主な目的 | 主な対応 |
| 個人結果 | 本人の気づきとセルフケア | 結果通知、相談、必要に応じた医師面接 |
| 高ストレス者対応 | 健康上のリスクが高い人への支援 | 申出に基づく医師面接、就業上の措置 |
| 集団分析 | 職場に共通するストレス要因の把握 | 職場環境の評価、対話、改善施策 |
集団分析の対象が少人数になると、回答の組合せから個人が推測されるおそれがあります。
集団分析の単位は、原則として10人以上とすることが望まれます。
10人未満では個人が特定されるおそれがあるため、原則として、より大きな集団を構成して分析します。
ただし、57項目全体の合計点の平均を用いる方法や「仕事のストレス判定図」など、個人が特定されるおそれのない方法であれば、10人未満でも分析できます。
もっとも、極端に少人数の場合は、こうした方法でも個人特定につながる可能性があるため適切ではありません。
なお、従来の指針では、10人未満の集団について全員の同意を得た場合に結果を事業者へ提供できる取扱いも示されていますが、同意を求めること自体が心理的な圧力にならないよう慎重な運用が必要です。
単に部署別の数字を細かく出せばよいわけではありません。匿名性を守ることは、率直な回答と制度への信頼を支える前提です。
集団分析でわかるのは「職場の傾向」
標準的な職業性ストレス簡易調査票では、仕事の量的負担やコントロール、上司・同僚からの支援、心理的・身体的なストレス反応などを確認します。
集団分析では、これらを部署や職種などの単位で集計し、全国平均や社内平均、前年結果と比較します。
代表的な表示方法が「仕事のストレス判定図」です。
仕事の量的負担と仕事のコントロールから算出する量・コントロールリスク、上司支援と同僚支援から算出する職場の支援リスクを組み合わせ、健康リスクを示します。
仕事のストレス判定図における健康リスクは、疾病休業などの健康問題が生じるリスクを、標準集団の平均を100として相対的に示した推定指標です。健康リスク150は、全国平均と比べて健康問題のリスクが50%高いと推定されることを意味しますが、その部署で病気になる人の数が必ず1.5倍になる、あるいは個々の従業員が発病することを意味するものではありません。
職場集団の相対的な特徴を把握し、追加確認が必要な領域を見つけるために用います。
さらに、仕事のストレス判定図だけでは捉えにくい役割葛藤、成長機会、公正な評価、ハラスメント、心理的安全性などもあります。
利用している調査票の尺度を確認し、勤怠、休職、離職、従業員の声などを補助情報として組み合わせると、より実態に近い組織分析になります。
勤怠、休職、離職など、異なる目的で取得したデータを個人単位で結合する場合は、当初示した利用目的の範囲内か、本人同意が必要か、誰がアクセスできるかを事前に確認する必要があります。集団分析に利用する場合も、小集団や属性の組合せによって個人が推測されないよう、集計単位や閲覧権限を設計します。
結果は「仕事の負担」と「仕事の資源」に分けて読む
集団分析では、悪い数値を探すだけでなく、仕事の負担と仕事の資源を分けて考えると改善策を立てやすくなります。
JD-Rモデルでは、仕事上の持続的な努力を必要とする要素を仕事の要求度、目標達成や成長、負担への対処を助ける要素を仕事の資源として整理します。
業務量、時間的切迫、感情的負担などは要求度になり得ます。
裁量、上司支援、同僚支援、役割の明確さ、フィードバックなどは資源になり得ます。
重要なのは、「忙しい部署だから仕事量を一律に減らす」という単純な対応にしないことです。
同じ繁忙状態でも、優先順位を自分たちで決められる、困ったときに応援を頼める、仕事の目的がわかる職場では、受け止め方が異なります。
Job Demand-Control Modelも、高い要求度と低い意思決定の裁量の組合せに注目します。
負担を減らす施策と、仕事の資源を増やす施策の両方を検討します。
集団分析の結果を読むときの5つの注意点
1つ目は、単年の数値だけで判断しないことです。
繁忙期、組織変更、回答者構成などにより結果は動きます。前年推移や業務上の出来事と合わせて確認します。
2つ目は、部署ランキングにしないことです。
順位を評価や処罰に使うと、管理職や従業員が防衛的になり、率直な回答や改善への協力を失いかねません。
結果は「悪い部署を特定する成績表」ではなく、改善の対話を始める材料です。
3つ目は、相関を原因と決めつけないことです。
上司支援が低いという結果だけで、管理職の資質に原因があるとは限りません。
管理職自身が過重な担当を抱えている、権限が不足している、組織変更の説明が不十分だったなど、複数の背景が考えられます。
4つ目は、平均値だけを見ないことです。
平均が標準的でも、特定職種や勤務形態に負担が集中している可能性があります。
一方、細分化しすぎると個人特定と統計的な不安定さが増します。
分析単位は、改善施策を実行できる組織単位と匿名性の両方から決めます。
5つ目は、数値を返して終わらないことです。
管理職や従業員が結果を理解できなければ、行動につながりません。
産業医や保健師などの支援を得ながら、「結果から考えられる仮説」「現場で実際に起きていること」「維持したい職場の強み」を話し合います。
ケース:高リスク部署の原因は、単なる業務量ではなかった
ある企業の企画部門では、量・コントロールリスクと上司支援リスクがともに高く、人事は当初、残業削減を中心とした対策を考えました。
しかし、管理職とメンバーへの聞き取りでは、残業時間そのものより、複数部署から緊急案件が直接持ち込まれ、優先順位を決める権限が曖昧なことが負担になっていました。
管理職も案件を断る権限を持たず、十分な支援ができない状態でした。
そこで、①依頼窓口を一本化する、②緊急度の判断基準を決める、③週1回、管理職と担当者が優先順位を確認する、④対応できない案件を上位者へエスカレーションする、という小規模な改善を試しました。
このケースで重要なのは、集団分析から直接「残業を減らす」という答えを出さず、現場との対話によって「優先順位を決められない」という仕事の資源の不足を特定した点です。
研究からわかること、まだ断定できないこと
日本の労働者を対象とした1年間の後ろ向きコホート研究では、ストレスチェックの受検と職場環境改善の双方を経験した群で、どちらも経験していない群より心理的苦痛が改善しました。
ただし、効果量は小さく、仕事のパフォーマンスには有意な効果が確認されませんでした。
観察研究であるため、職場環境改善そのものが結果を生んだと断定することもできません。
一方、参加型職場環境改善のクラスター無作為化比較試験では、精神健康の悪化防止と仕事パフォーマンスの改善が示唆されています。
ただし、対象は11の組立ライン、計97人であり、あらゆる職場に同じ結果が生じるとは限りません。
研究から言えるのは、受検や結果通知だけより、労働者が参加する職場改善まで進めることに期待できる、という範囲です。
明日から確認したい5項目
- 集団分析を実施し、誰が結果を確認しているか
- 分析単位が匿名性と改善の実行単位に合っているか
- 数値の高低だけでなく、前年推移と職場の強みを見ているか
- 管理職、従業員、産業保健スタッフが結果を話す場があるか
- 改善する課題、担当者、期限、次回確認する指標が決まっているか
最初から大規模な制度改定を行う必要はありません。
まず一つの部署で結果を共有し、現場が変えられる課題を一つ選び、小さな施策を試します。
施策を実施したか、現場の行動が変わったか、ストレス指標がどう推移したかを分けて確認することが重要です。
まとめ:集団分析は、組織改善の「答え」ではなく「出発点」
ストレスチェックの集団分析は、職場の問題を自動的に診断するものではありません。
数値から課題の仮説を立て、現場の声や業務情報で確かめ、実行可能な改善策を選ぶための出発点です。
仕事の負担だけでなく、裁量や支援などの仕事の資源にも目を向けることで、現場に受け入れられる改善策を考えやすくなります。
ここまでが、集団分析の結果を正しく読み、改善すべき課題の仮説を立てるまでのプロセスです。
続く後編「健康経営・人的資本経営への活用法」では、その仮説を現場との対話で確かめ、施策の実行・評価から人材戦略、健康経営、人的資本経営へつなげる5つのステップを解説します。
よくある質問
Q1. ストレスチェックは「不調者を見つける検査」ですか?
いいえ、そうではありません。ストレスチェック制度の主な目的は、労働者の心理的な負担の程度を把握し、本人に結果を通知してセルフケアへの気づきを促すとともに、必要に応じて職場環境改善を行う一次予防にあります。病気の診断や、いわゆる「不調者探し」を目的とする制度ではありません。
Q2. 集団分析は何人以上の集団で行うべきですか?
原則として10人以上とすることが望まれます。10人未満では回答の組合せから個人が推測されるおそれがあるためです。ただし、57項目全体の合計点の平均を用いる方法や「仕事のストレス判定図」など、個人が特定されるおそれのない方法であれば、10人未満でも分析できる場合があります。
Q3. 「仕事のストレス判定図」の健康リスクとは何ですか?
標準集団の平均を100として、疾病休業などの健康問題が生じるリスクを相対的に示した推定指標です。たとえば健康リスク150は、全国平均と比べて健康問題のリスクが50%高いと推定されることを意味します。ただし、その部署で実際に病気になる人数が1.5倍になることや、個々の従業員が発病することを意味するものではありません。
Q4. 集団分析の結果を読むときに注意すべき点は何ですか?
主に5つの注意点があります。①単年の数値だけで判断しない、②部署ランキングにしない、③相関を原因と決めつけない、④平均値だけを見ない、⑤数値を返して終わらせない、という点です。結果は「悪い部署を特定する成績表」ではなく、改善の対話を始める材料として扱うことが重要です。
Q5. 仕事の「要求度」と「資源」とは何を指しますか?
JD-Rモデルにおける整理で、仕事の要求度とは業務量、時間的切迫、感情的負担など持続的な努力を必要とする要素を指します。仕事の資源とは、裁量、上司支援、同僚支援、役割の明確さ、フィードバックなど、目標達成や負担への対処を助ける要素を指します。負担を減らす施策と、資源を増やす施策の両方を検討することが、改善策を立てる際に重要です。
<参考>
・ 厚生労働省「ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策」
・ 厚生労働省「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」
・ 厚生労働省基発0630第2号「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行について(PDF)」
・ 厚生労働省「ストレスチェックの『集団分析』を適切に実施しましょう!(PDF)」
・ 厚生労働省「厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム 結果帳票サンプル」
・ 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」
・ Evangelia Demerouti、Arnold B. Bakker、Friedhelm Nachreiner、Wilmar B. Schaufeli「The Job Demands–Resources Model of Burnout」(『Journal of Applied Psychology』2001年86巻3号499~512頁)
・ Robert A. Karasek Jr.「Job Demands, Job Decision Latitude, and Mental Strain: Implications for Job Redesign」(『Administrative Science Quarterly』1979年24巻2号285~308頁)
・ Kotaro Imamura、Yumi Asai、Kazuhiro Watanabe、Akizumi Tsutsumi、Akihito Shimazu、Akiomi Inoue、Hisanori Hiro、Yuko Odagiri、Toru Yoshikawa、Etsuko Yoshikawa、Norito Kawakami「Effect of the National Stress Check Program on Mental Health Among Workers in Japan: A 1-Year Retrospective Cohort Study」(『Journal of Occupational Health』2018年60巻4号298~306頁)
・ Akizumi Tsutsumi、Miki Nagami、Toru Yoshikawa、Kazutaka Kogi、Norito Kawakami「Participatory Intervention for Workplace Improvements on Mental Health and Job Performance Among Blue-Collar Workers: A Cluster Randomized Controlled Trial」(『Journal of Occupational and Environmental Medicine』2009年51巻5号554~563頁)
・ ISO「ISO 30414:2025 Human resource management — Requirements and recommendations for human capital reporting and disclosure」

